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Contents
今回のポイント:橘玲さんの『人生は攻略できる』の「機械はマニュアル化された仕事が得意」という話を、パイロットの仕事で確かめてみました。手順だらけの操縦室にも、手順をどう当てはめるかの判断は、ちゃんと人に残っています。
皆さん、こんにちは。ふだんのお仕事に、手順書やマニュアルはありますか。実は、その有無が、AIに仕事を任せられるかどうかを考えるときの、ひとつの手がかりになる、という見方があるんです。
それでは、早速見ていきましょう。
手順の多い仕事は、AIに置き換わる?
「AIで仕事がなくなる」と聞いて、なくなる仕事の一覧を開いてみたことがある方もいると思います。でも、一覧で自分の職業名を探しても、毎日の仕事のどこが残って、どこが変わるのかまでは、なかなか見えてこないんですよね。
実際、国際労働機関(ILO)の2025年の推計でも、世界の仕事の4つに1つが生成AIの影響を受けうるとされました。ただ、意外にも、その多くは「置き換わる」というより「仕事の中身が変わる」ほうだという見立てなんです(ILO)。
私はパイロットとして働いていて、操縦室の仕事は手順とチェックリストだらけです。「手順が決まった仕事はAIに置き換わる」という話が、いかにも当てはまりそうな仕事に見えるかもしれません。
そして、自分の「ありたい姿」を見直したくて手に取った本にも、まさにこの話が出てきます。それで、ふだんの運航で確かめてみました。
橘さんの線は「マニュアルか」
この問いに、わりとはっきり答えている本があります。橘玲さんの『人生は攻略できる』です。これから社会に出る若い読者に向けて、お金・仕事・人間関係を「人生の攻略法」として語っています。仕事の章では、仕事をクリエイター・スペシャリスト・バックオフィスの3つに分けています。
AIについて橘さんが引く線は、とてもシンプルです。手順がマニュアル化されているかどうか、それだけです。
「機械はマニュアル化された仕事がものすごく得意だということだ。」「逆にいえば、うまくマニュアル化できない作業は機械にはできない。」
(橘玲『人生は攻略できる』攻略編2「AI時代には男女の平均収入が逆転する」)
マニュアルにできる仕事は機械へ、できない仕事は人へ。分かりやすい線ですよね。ただ、本が出たのは2019年3月で、生成AIが広まる前です。そこは頭の片隅に置きつつ、この線を操縦室に当てはめてみます。
本の基本情報
書名:『人生は攻略できる』(「はじめに」で「君たちはこれからどう生きるか」と問いかける本)
著者:橘玲(作家)
出版社・発行:ポプラ社・2019年3月
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操縦室にも判断はある
橘さんの線で分けると、パイロットはちょっと落ち着かない場所にいます。
出発前から到着まで、操縦の仕事には細かな手順とチェックリストがあります。決められた順に確かめて、決められた順に操作する。ここだけ見れば、橘さんのいう「マニュアル化された仕事」にかなり近いんです。
それなら、いっそ全部AIに任せられそう、と思いますよね。
でも、ふだんの運航には、手順をどう当てはめるかを自分で決める場面があります。いちばん分かりやすいのが、揺れです。
揺れについては、経験で判断するところが多いかなと思っています。出発前のブリーフィングで、航路の天気を見ておきます。対流が起きやすい空なら、雲の中に入ると揺れそうだな、と想定しておくんです。
飛んでいるあいだは、その予想が当たっているかを考えながら、目で雲の様子を確かめます。揺れやすい雲か、揺れにくい雲かを見分けるわけです。
身近なことにたとえると、天気予報を見て出かけても、傘をさすかどうかは、空を見上げて決めますよね。予報という材料はあっても、最後は目の前の空で決める。そこは少し似ているのかもしれません。
揺れると思ったら、シートベルトサインを点灯します。ただ、点灯しているあいだは、客室乗務員がサービスをできません。だから、サービスにできるだけ影響が出ないように気をつけたり、お客様に前もって案内したりすることが多いです。
アナウンスも、決めることだらけです。揺れがいつからいつまで続きそうかを、できるだけ具体的に決めて、お客様に伝えます。客室乗務員には、その見通しをもとに「いつからサービスを始められそうか」を具体的に伝えて、共有することが多いですね。
お手洗いの案内も、お客様がだいたいどのタイミングで行きたくなるかを考えて出しています。
「揺れが予想されたらサインを点灯する」と決めておくことはできます。でも、今日の雲の読み方や、サービスを何分後に再開できるかまでは、前もって決めきれるものではなさそうです。手順が細かいことと、判断がいらないことは、やっぱり別の話なんですよね。
こういう判断を、この記事では「手順の内側」と呼んでいます。操縦室の仕事は、3つに分けてみると実態に近いと思います。決められた順にこなす「手順そのもの」、揺れやアナウンスのような「手順の内側」、手順が用意されていない場面の「手順の外」です。
手順の外については、マニュアルのない緊急時は人が判断するしかなく、経験がものをいう肌勘が要ることが多い、と私は考えています。
操縦室の仕事を、3つに分けてみる
手順そのもの
決められた順にこなす
手順の内側
揺れやアナウンスのような判断
手順の外
手順が用意されていない場面
皆さんの仕事にも、手順書の行間に、こういう小さな判断が隠れていないでしょうか。
最後に決めるのは人
本には、操縦室から見ると逆向きに読める話が、もう1つあります。橘さんは、マニュアルどおりの仕事のいちばんの特徴を「責任がない」ことだと書いています。手順どおりにやっているなら、責任をとるのはマニュアルをつくった会社だ、という理屈です(攻略編2「拡張可能な仕事と拡張できない仕事」)。
手順どおりに動いたなら、自分が責任を負わなくていい。そう聞くと、少しほっとする方もいるかもしれません。
ところが、操縦室では、ここがちょうど逆になります。航空法には、機長が乗り組む人をまとめて指揮する、とはっきり書かれています。運航の準備が整っていると確かめてからでなければ、出発させてはいけない、とも(第73条・第73条の2・航空法・e-Gov)。
手順がどれだけ細かくても、「出発していいか」を最後に決めるのは、機長という人なんです。
私自身も、何を優先するかを含めて、確認は人間がやらなければいけないと考えています。ただ、ここで1つ心配していることがあります。確認する役目は人に残っても、その確認が間に合うのか。AIの処理のスピードに、人間のほうが追いつけなくなるかもしれません。この心配には、まだ自分でも答えが出ていません。
橘さんは、専門家とAIの分担について、こんなふうにも書いています。
「面倒なことはすべてAIにやってもらって、専門家本来の仕事に専念してもらった方がずっといい。」
(橘玲『人生は攻略できる』攻略編2「AI時代には男女の平均収入が逆転する」)
すっきりした分け方です。ただ、航空の世界には、もう少し慎重な見方もあります。
米国の航空当局(FAA)は2017年、自動化が進んだ操縦室でも、手で操縦する技能を保つよう航空会社に促しました。手で飛ぶことは「ほかの操縦技能の土台」で、いつ手で飛ぶかは機長がその都度判断する、という考え方です(FAA SAFO 17007)。任せている作業そのものが、本来の仕事の力を支えている、というわけですね。
ちなみに、欧州の航空当局(EASA)も、2022〜2025年の研究で慎重な答えを出しています。巡航中に1人で操縦する形が、今の2人での操縦と同じくらい安全だとは、十分に示せないとまとめました(EASA)。操縦室からパイロットが1人減る日は、少なくとも今すぐではなさそうです。
定年の線は、当てはまりにくい
橘さんは、専門職かどうかを見分ける方法も挙げています。
「それは、定年後も同じ仕事をつづけられるかどうかだ。」
(橘玲『人生は攻略できる』攻略編2「スペシャリストに定年はない」)
本の中で、パイロットとしていちばん引っかかったのが、この見分け方でした。スペシャリストにとって定年は「長い仕事人生のなかのひとつのイベントに過ぎない」とも、橘さんは書いています。
専門職なら、年を重ねても腕一本で続けられそうな気がしますよね。でも、パイロットは資格を持った専門職なのに、この見分け方がうまく当てはまらないんです。
というのも、航空会社で飛ぶ操縦士は、60歳を過ぎると、航空身体検査が1年ごとから6か月ごとになります(航空法施行規則第61条の3・国土交通省)。年に2回、検査を受け直すことになるわけです。
2人で操縦する機体でも、乗れるのは68歳未満まで。60歳未満の操縦士が一緒に乗るなどの条件もつきます(2025年10月1日から適用の基準・国土交通省)。
実際、定年後も同じ仕事を続けている人は、そう多くないのがパイロットの現状です。シミュレーターの教官をする人もいます。でも私のまわりでは、警備員をやってみたり、蕎麦打ちを始めてみたりと、パイロットとは遠いことをしている人のほうが多いように思います。
もっとも、パイロットの資格や技能は、会社をまたいで通用するものです。航空の法律や使う言語は日本も海外も統一されていて、海外で働くパイロットもかなり多いんです。ただ、その専門性の中でしか生きられない人もいる、とも感じています。
専門は会社の外に持ち出せても、年齢と体の条件で「同じ仕事」を続けられる期間は区切られてしまう。本の見分け方を使うなら、「同じ専門」と「同じ仕事」は分けて考えたほうがよさそうです。
それと、本が書かれた時期のことも少しだけ。橘さんは、当面はAIのような新しい技術が、優秀なスペシャリストの収入を大きく引き上げるだろう、と見ていました。
でも、手順の内側に判断が残るとしても、そこまでAIが担わないとは言い切れません。
私は、AIが出てきた今は専門性そのものが危うくなっていて、これからもっと専門性の危機が来ると思っています。「うまくマニュアル化できない作業は機械にはできない」という線は、生成AIのあとでは、そう単純には引けなくなっているのかもしれません。
皆さんの「手順の内側」はどこ?
この記事の結論
手順の多い仕事にも、手順をどう当てはめるかの判断があります。手順どおりに進めていても、最後に決めるのは、少なくとも今の操縦室では人です。
そして「定年後も同じ仕事をつづけられるか」という本の見分け方は、資格や体と結びついた仕事には、そのままでは当てはまりにくい。パイロットの仕事に当てはめてみて、そう感じました。
では、皆さんの仕事を「手順そのもの」「手順の内側」「手順の外」に分けてみたら、どこにいちばん時間を使っているでしょうか。
この記事で使ったのは、本の仕事の章のほんの一部です。本では、失敗を避ける会社の働き方(伽藍)と、評判を集めて出入り自由に働く働き方(バザール)の対比が出てきます。そこから、専門を持つ人がどう動くかまで話が広がっていきます(攻略編2・攻略編3)。
手順書を閉じても、雲を見て、客室に何をどう伝えるかを決める仕事は残っています。それをこれから誰が担っていくのか。私も、まだ考えている途中です。
📚 この本をチェックする
