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ゴーアラウンドは失敗ではない|安定進入で決まる着陸やり直しの判断基準
この記事で分かること
| 対象 | 着陸判断を学び始めた訓練生・若手/実運航に関心のある志望者 |
| 難易度 | ★★★☆☆ |
| 所要時間 | 約8分 |
| 読むと分かること | ゴーアラウンドの判断基準(安定進入ゲート)/なぜ「やり直し」が失敗ではないのか/着陸復行と進入復行の違い |
はじめに
着陸をやり直す——「ゴーアラウンド」と聞くと、なんとなく「操縦がうまくいかなかったのかな」「ちょっと恥ずかしい」と感じてしまう人は少なくありません。飛行機に乗っていて機体がふわっと上昇し直したとき、少しドキッとした経験がある人もいるかもしれませんね。その感覚、とても自然なものだと思います。
でも、ここに大きな誤解が隠れているんです。やり直しを「失敗」ととらえてしまうと、いざ自分が操縦する側になったとき、「もう少しで降りられそうだから」と無理を続けてしまう。その「もう少し」が、実はいちばん危ないところなんですね。
実際に、エアラインでもどこでもゴーアラウンドという判断は、現場でしっかり尊重されるものになっています。「安定した進入(stabilized approach)」から安全に降りられない、と判断したのなら、やり直すのはむしろ当然のこと——そう考えられているんです。この見方が腹落ちすると、ゴーアラウンドは「うまくいかなかった証拠」ではなく、「あらかじめ決めた基準に従って安全側を選ぶ、準備された判断」だと見えてきます。すると着陸のときの心の持ちようが変わって、迷ったときにも「基準に戻る」という選択を取りやすくなります。
私自身も、悪天候で判断が割れた場面を今でも覚えています。その経験も交えながら、「いつ・どんな基準でやり直すのか」を一緒に見ていきましょう。

結論(先に一言)
先に結論です。安定進入の基準を満たさない着陸は、続けるほうがかえってリスクが高くなります。だからゴーアラウンドは失敗ではなく、あらかじめ決めた基準に従って安全側を選ぶ「準備された正しい判断」です。国内外の安全機関も、基準を外れたら迷わずやり直すことを推奨しています。
やり直しはいつ決める?|安定進入という「分かれ道」
やり直すかどうかは、気合いや勘で決めるものではありません。「安定した進入(stabilized approach)」という共通の物差しがあるんです。航空局の資料でも、この「安定した進入」という言い方が使われています。少し長いので、ここからは短く「安定進入」とも呼びますね。
考え方はとてもシンプルです。ある高度までに進入が「安定した状態」に入っていて、しかもそれを接地まで維持できること。基準を外れたら、あるいは途中で崩れたら、迷わずやり直す——ここが分かれ道になります。

▲ ゲートで基準がそろい、接地まで保てるか——満たせば継続、外れたら早めにやり直す。
安定していることの目安(ゲート)は、一般にこう整理されます。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 安定化の必達高度 | 計器気象(IMC)は空港標高上1,000ft、有視界(VMC)は500ft |
| 飛行経路 | 正しい最終進入経路上。修正は小さく |
| 速度 | おおむね Vref 以上・Vref+20kt 以下 |
| 降下率 | 原則 1,000ft/min 以下 |
| 形態 | 着陸に適したギア・フラップ |
| 手順 | ブリーフィング・チェックリストが完了 |
表は横にスクロールできます。
※ここで挙げる数字は、考え方をつかむための代表例です。実際の数値や運用は機種・会社・訓練組織の手順で変わるので、自分が飛ぶ機種と所属先のSOP・ブリーフィングで確認してください。
ここで、よくある誤解をひとつ。「500ftで安定していればOK」ではないんです。大事なのは、その状態を接地まで維持すること。いったん安定して見えても、低いところで崩れたら、それは着陸を続ける理由にはなりません。
もうひとつ、混同しやすい用語も整理しておきましょう。
- 着陸復行(ゴーアラウンド):通常の進入で、着陸をやめて上昇し直す操縦そのもの。おおむね対地50ft以下の低いところでも決断されます。
- 進入復行(ミストアプローチ):計器進入で、決心高度(DA/DH)や進入復行点(MAPt)で必要な視界が得られないときに行う、チャートに示された手順。
DA/DH は「見えなければ、そこでやり直す」と決める高度。MDA(最低降下高度)は「そこより下へは降りない」という下限。役割が違います。ここを混同しないことが、進入のどこで何を判断するのかを整理する助けになります。


なぜ「やり直し」が正しい判断なのか
では、なぜやり直しが「失敗」ではなく「正しい判断」なのか。ここは、私自身が何を決め手にしているかをお話しさせてください。
悪天候などで「行くか、やり直すか」の判断が割れる——そういう場面は、実際にあります。操縦席では、その飛行の安全に最終的な責任を負っているのは私自身です。だからこそ、「安全に着陸できる」という確信が持てないとき、しかも隣に座るもう一人のパイロットも同時に確信を持てないときには、私の中で「そのまま降りる(Go)」という選択肢は消えます。無理に降りる理由が、どこにもないからです。

もちろん、その確信は勘だけで決めるものではありません。同じ空港へ入っていく他社の機体がどう飛んでいるか、カンパニー無線(会社からの運航情報)で何が共有されているか——使える手がかりを集めながら、慎重に見極めていきます。
そして、もうひとつお伝えしたいことがあります。私はいつも、着陸のときに「ゴーアラウンドすること」を頭の片隅に置いています。むしろ、進入の8割くらいは「やり直すかもしれない」という前提でシミュレーションしながら降りている、と言ったほうが近いかもしれません。過去のやり直しでどんなミスが起きやすかったか、そのときどう飛べばいいのか、だからコックピットでの声のかけ合いはどうしておくべきか——そんなことを考えながら、進入に入っていきます。
こう身構えておくと、やり直しは「突然の失敗」ではなく「準備していた行動のひとつ」になります。低い高度・高い作業負荷・短い時間という進入の終盤で、無理な修正を重ねて事故の連鎖に入るくらいなら、まだ回復できる段階で安全側に戻る。それが、やり直しの本当の意味だと思っています。
これは私だけの考えではありません。国際的な安全機関——FSF(Flight Safety Foundation)の ALAR や IATA も、不安定な進入を「放置すると深刻な状態に発展しうる、望ましくない状態」と位置づけ、基準を満たさないときのゴーアラウンドをはっきり推奨しています。国土交通省航空局の安全資料にも、安定した進入を確立・維持できなければ「絶対に無理をせず、直ちにゴーアラウンドを決断・実行する」と書かれています。
⚠ いちばんの敵は「継続バイアス」
いちばん怖いのは、「もう少しで着陸できる」という気持ち(継続バイアス)で判断が遅れることです。だからこそ、やり直しは弱さではなく、訓練どおりの正常なリスク管理なんですね。
モデルケースで判断を追体験する
ここまでの基準を、3つの短い場面に置いてみます。自分が操縦席にいるつもりで、判断の順番をたどってみてください。(登場人物は架空です)
場面1:暁さん(高め・速めの進入)
1,000ftを過ぎても速度が抜けず、降下率も大きいまま。「まだ直せるかも」と思いましたが、ゲートの基準を外れていると気づき、迷わずやり直しました。

場面2:西風さん(強い横風で不安定)
接地直前、突風で機体が流されて経路から外れました。無理に押さえ込むより、安全側に上昇。

場面3:南雲さん(滑走路に先行機)
進入は安定していましたが、先行機がまだ滑走路上に。管制官から「GO AROUND」の指示。自分の操縦は問題なくても、状況でやり直すことがあります。

たとえば、霧や雨で決めた高度までに滑走路がはっきり見えないとき、ウインドシア(急な風の変化)の警報が鳴ったとき、前の機体や車両で滑走路の安全が確保できないとき——どれも、自分の操縦の巧拙とは関係なく起こります。ニュースやコックピットの動画で見かけるやり直しの多くも、こうした「続けない方が安全」な状況への、ごくふつうの対応なんです。
じつは私自身にも、忘れられない最初のやり直しがあります。副操縦士になって、実際にお客様を乗せて飛んだ、いちばん最初のゴーアラウンド。あのとき私は自分で判断しきれず、機長に「ゴーアラウンドしようか」と声をかけられて、ようやくやり直しました。自分から動けなかった悔しさと、安全へのとらえ方の甘さを突きつけられた、少し苦い思い出です。あのとき以来、私は着陸のたびに、やり直す場面をあらかじめ思い描いてから進入に入るようになりました。うまく動けなかった経験が、いまの準備の仕方につながっています。
まとめ
今日のポイントです。
- ゴーアラウンドは失敗ではなく、基準に従って安全側を選ぶ準備された判断です。
- 判断の物差しは「安定進入」。IMCは1,000ft、VMCは500ftまでに安定し、接地まで維持できるか。
- 「500ftで安定していればOK」ではありません。途中で崩れたら、やり直す。
- 着陸復行(通常進入)と進入復行(計器進入の公示手順)は別物。DA/DHは決断の高度、MDAは下限。
- いちばんの敵は「もう少しで降りられる」という継続バイアス。だから条件を先に決めておく。
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eVTOL時代ではどう変わるか
空飛ぶクルマ(eVTOL)の時代になっても、「安全に降りられないなら、やり直す」という考え方は変わりません。垂直に離着陸し、街なかのバーティポート(離着陸場)に降りる運航でも、周囲の状況や風の変化に応じてやり直しを選べることは、安全を支える大切な要素になりそうです。
将来、自動化や遠隔操縦が進んでも、「基準を外れたら安全側に戻る」という設計思想は、そのまま受け継がれていくでしょう。飛行機で培われた「ゴーアラウンドは正常な判断」という文化は、新しい空の乗り物でも土台になります。
(この項目は2026年9月時点の一般的な考え方の整理です。具体の運用は今後の制度・機体の設計により定まります。)
30秒クイズ・考える問い
30秒で確認しましょう。
Q1. ゴーアラウンドは、操縦がうまくいかなかった証拠である。〇か×か?
→ 答えを見る:×。安定進入の基準を満たせないときはもちろん、管制の指示や滑走路上の状況などで着陸を続けられないときにも行う、正常な運航判断です。事故の連鎖を早い段階で断ち切る役割があります。
Q2. 500ftで安定していれば、その後に少し崩れても着陸を続けてよい。〇か×か?
→ 答えを見る:×。安定した状態を接地まで維持することが要件です。低い高度で崩れたら、やり直しが安全側の判断になります。
考える問い:進入の前に「どの条件ならやり直すか」を声に出して決めておくと、本番でどんな違いが生まれると思いますか?
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– 悪天候での運航判断——行くか引き返すかの考え方(実運航系)——ゴーアラウンドと地続きのテーマです。
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– 管制圏での無線交信の流れ(#9)——「GO AROUND」もそのやりとりの一部です。
– パイロットになるには?ルートと費用の全体像(#2)
着陸は「毎回まっさらな判断」の連続です。だから私は、進入に入る前に「やり直す場面」を一度は思い浮かべるようにしています。

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